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目標と役割

第11回産業論文コンクール努力賞
株式会社 大和農園ホールディングス 前川 慎太郎 氏

 

 私には、種苗メーカーの営業マンとしての夢がある。眼前に広がる畑一面に、自社品種の野菜が栽培されている光景を見ることだ。それも全国の産地において。
 私の主な業務は、野菜種子を全国の種苗・園芸小売店に卸販売する事である。メインに取り扱う野菜種子は自社で開発された交配種である。そもそも新しい野菜の品種が世に発表されるまでには、長い時間と労力がかけられている。おいしくて、栽培しやすい品種を開発するため、10年間以上の研究を重ねることはよくあることである。開発後も販売の軌道へ乗せる為には、安定して供給できる基盤(在庫)を作る必要がある。高品質の種子を安定供給することで、毎年生産者に安心して使用して頂ける。自社の利益を得る為の開発・営業活動ではあるが、根底にある目的は、日本の食卓を野菜で支える事である。弊社の品種を使用して栽培されている生産者が収入を得て潤い、末端の消費者にもおいしいと満足してもらう事を目的・目標として、日々の業務に励んでいる。
 
日本の食糧自給率は低く、輸入作物の増加は顕著である一方で、安全性を求めて国産野菜の需要もますます増加するだろう。農業の業界は異業種からの新規参入も増え、今後伸びる可能性は大いにある。しかし、地方農村の高齢化・過疎化は深刻な問題である。現在、活躍されている生産者の多くは高齢者が多い。若者は農村から都市部へ流出して後継ぎが不足する。小規模な農家ほど、体力的に過酷な労働面や栽培状況・市場に左右される収入面での不安から離農は急速に進んでおり、誰もがイメージできる通りの現実がある。生産者の減少、それに伴う種苗小売店の売上減少や閉店は業界の問題に留まらず、日本社会全てに影響する大きな問題である。
 
そこで、種苗メーカーの役割として何が出来るのかと考えてみると、目的・目標としても前述した通りに、生産者の収入向上に貢献できれば大きな問題の一つが解決されるのではないだろうか。
 
収入を向上させる為には、栽培しやすく高い効率で収量が確保され、高品質な作物を安定して供給し、高価格で販売につなげられれば良い。さらに、国産野菜の需要が高まり、消費量がアップするというサイクルが回り続ければ良い。農業の魅力を高め、若手生産者、跡継ぎの確保に繋げる。末端の消費者には「国産の美味しい野菜を食べよう」とアピールを行う。生産者には栽培しやすく、おいしい野菜が収穫可能な野菜種子を提供する。
 
「食べて美味しい」という感覚はお腹を満たし、心を満たす。そして、笑顔が生まれる。野菜を通して、笑顔まで提供できれば種苗メーカーの役割を大きく果たしているだろう。
 
全国に向けて品種の拡販を目指す中、「野菜種子の提供を通して日本の食卓を支える」事が奈良から全国に広まっていくというスケールの大きな話は、奈良で生まれ育った私自身のモチベーションを高めてくれる。日本だけではなく、世界に向けても種子の販売は展開中であるので、さらに大きなスケールが先には待っている。日本の種苗メーカーの技術・品質の高さは世界でもトップレベルの為、世界に通用する力がある。それを証明する営業活動にも取り組んでいきたい。
 
だが一方で、私は野菜種子の性能や栽培の技術面では無い、心の面からの農業を学んだ事もある。
 
知り合いの生産者はこう言う。
 
「おいしい野菜を作る為には技術は要らない。心をこめて作るだけだ。」と。
 
市場に出し、サイズが揃い、キレイな野菜を栽培する為には確かな技術が必要である。肥料も農薬もタイミングに合わせて使う必要がある。しかし、本当に美味しい野菜を作るには心が全てである。土に感謝し、天の恵みに感謝し、ひと粒ひと粒の種に感謝する。食べて貰いたい人の事を想い、おいしくなれよと植物に話しかけながら手をかける。愛情を注げば、注いだ分だけ植物は応えてくれる。
 
また、自分は「毎年毎年、1年生のままだ。」と。
 
毎年同じ野菜を栽培していても、いつも違う問題に直面する。植物・自然が相手の農業はいつまでたっても二年生に上がれない。何十年の経験を持つプロの農家でも、それだけ大変な思いをしながら毎年栽培を行っている。
 
正直なところ、生産者の野菜に対する、農業に対する思いの深さに私は衝撃を受けた。結果として、薫陶を受けたと感じている。
 
思いやりが必要なのは、野菜にだけではない。家族や友人、仕事場でも、自分の周りの全ての人に対して思いやりを持たなければ誰からも認めてもらえない。お客様が種子を買う時も、その品種がどれだけ良い野菜になるとしても、買う方は売っている人間をよく見ている。態度を、その人の心を見ている。営業マンは商品を売っているが、お客さんが買っているのは実際の商品だけではなく、売り手の人間性もひっくるめて買っている。
 
私は、営業を始めて多くの事を学ぶ事が出来た。最善のサービスを提供する為の綿密な打ち合わせ、明確な将来(結果と期日)を見据えた計画、瞬間の判断力、きめ細やかでスピードのある対応と行動力、そして情熱と思いやり。これからも学ぶ事は多いが、社会を支える一員としてこの先も成長していきたい。
 

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