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「出図」から見出したもの

第11回産業論文コンクール優秀賞
GMB株式会社 松田 圭右 氏

 

 皆さんは「出図」という言葉をご存知だろうか?

 おそらく大半の方は初めて耳にする言葉であると思う。図面に関する仕事をされていた方はご存じかもしれない。出図とはJIS(日本工業規格。様々な工業に関することの規格を定めている)によれば「登録した図面を発行する行為」と記載されており、当社では主に社内の生産、管理部署に図面を発行、配布することを指す。
 
なぜこのような問いを皆さんに投げかけたのか?その答えはこの出図が、私が現在所属している設計部署に配属されてから、入社2年目となる今日まで行っている主たる業務の1つだからである。
 
この出図であるが非常に時間と手間がかかる。大企業などでは電子化されているそうであるが当社では未だ手作業で行っているということが大きい。具体的な流れとしては原紙となる図面を必要部署に必要枚数分コピーし、正規のルートで発行されたことを証明する印鑑を押す。そしてその後、各部署を回り、責任者もしくは担当者に図面を手渡しする。それから、原紙を自部署でファイリングする。こうして書くと楽で簡単そうに見えるが、大量の製品型番を扱う当社では多いときには一度に数百枚の図面を変更することもあり、コピーを行った後には図面枚数が数千枚に上る。そしてその全ての図面、1枚、1枚に印鑑を手作業で押さなければならないのだ。結果、1回の出図に要する時間は少ないときで2時間、多いときでは実に丸2日を要することもある。
 
その上、私は人見知りをしてしまうことから、手渡しをおこなうという点も精神的に辛いものがあり、最初は正直、憂鬱な仕事と感じていたのも事実であった。
 しかし、1年が経過しこの「出図」という仕事に対する私の考え方、向き合い方が変わったと実感するようになった。その理由として、回数をこなしていく内に日々の業務から以下のことを学び、そしてその重要性に気付いたからであろう。

1.アンテナを高く張るということ

 図面を各部署に配布する際、各部署の責任者又は担当者から図面の内容に関して質問を受けることがある。例えば、ねじの表面処理(めっき等)の方法をAからBに変更するという内容であれば、AからBに変更した経緯や、Bという手法の特徴などを聞かれることが多い。
 最初の数か月はこの手の質問に全くといって良い程答えることが出来なかったが、最近では答えられることが増えてきたと実感している。単純に月日の経過とともに知識が増えてきたということもあるが、自分の担当範囲外のことでも普段からわからない用語については出来るだけ調べておくであるとか、回覧される書類にできるだけ目を通すだとか、問われそうなところはあらかじめ上司に質問しておくといったそういった可能な限り穴を埋め、アンテナを高く張っていくという行為が実を結んでいった結果ではないだろうかと考えている。
 アンテナを高く張るという行為は何も会社内の範囲に留まらず、もっとマクロの範囲でも言えるのではないかと感じている。比較的よくある図面の変更として、環境負荷物質の排除や型番の統合、部品の共用化などがある。今、社会全体に目を向けると環境に優しいモノづくりであったり、特に自動車ではコストの削減のために部品の共用化が進んでいたりする。
 逆から述べるのであれば、社会全体の事象においてもアンテナを高く張っておけば結果として自分の担当範囲へと繋がってゆく。すなわち、マクロであろうとミクロであろうとアンテナを高く張っておくことが重要なのだと実感している。

 2.「顔見知り」の重要性

 特にここ数年、世間ではコミュニケーション能力が重視されている。それは様々な社会的要因もあろうが、やはりコミュニケーション無くして良好な人間関係は築けないということではないだろうか。出図にも「手渡し」という行為が含まれる以上例外ではない。しかし、私は先に書いたように人見知りしてしまうためコミュニケーションが上手く取れているか?と問われれば、正直に言うと自信がない。かといってコミュニケーション能力は一朝一夕で上達するものではないと思う。故に、私は「顔見知り」とうい状態が重要なのではないかと考えている。
 
例えば、道で迷った際に知らない誰かに道を尋ねるという事はなかなか難しいことではないかと思う。急に声を掛けたら不審者と思われかねない。しかし、お互いに顔を知っていたとするならば、ほとんど話を交わしたことはなくとも心理的ハードルはグッと下がり、比較的簡単に道を尋ねられるのではないであろうか。
 このように、顔を知ってもらうことで各部署に何かしらのお願いをしに行くときでもぐっとハードルは下がることを実感した。この出図という仕事は顔見知りになるという点で非常に有効なツールであったと感じ、また、「顔見知り」の重要性に気付かされたのである。

 3.「まぁ、いいや」で済まさないこと

 あるとき、別々の担当者によって全く同じ番号の図面が作成され、いわゆるダブルブッキング状態のまま各部署に配布されてしまったことがあった。その後、自部署でのファイリングの最中にミスに気付き、回収、再配布するという出来事があった。その後も似たようなことが何度か発生してしまった。なぜこのようなミスが起きたか?それは、図面単体のチェックは2重、3重に行われおり発見も容易であるが、図面の重複という点で考えるとそれが容易ではなくなるからではないか。大量の図面の中から同じ番号が存在しないかどうかをチェックすることは困難である。ならばどうすれば良いだろうか?と考えた際に私は出図作業の順番を変えれば良いのではないだろうかと考えた。
 先に書いたように、今までは図面を配布した後に、自部署で原紙のファイリングを行っていたが、これをファイリングの後に配布するという手順に変更した。なぜならファイリングの際には図面の番号や、日付を確認しながら行うため、図面の重複に気付くことが今までの経験上、圧倒的に多かったためである。これにより、たとえ重複が発覚しても回収作業を行う必要がなく、自部署内でミスを収束させることが出来るようになった。さらに、表計算ソフトを用いた簡単な重複チェックプログラムも作成したことにより重複のミスは確実に減少傾向にあると感じている。
 私はこの出来事の時に、明確な改善意識を持っていたか?と問われればその答えはNOである。しかし、回収や再配布といった作業を億劫だと感じていたし、配布部署に迷惑をかけることを申し訳ないとは感じていた。もし、そういった気持ちを抱くことなく、仮に抱いたとしても「まぁ、いいや」で済ましていたとしたら、このような発想に至ることはなかったのではないか。「まぁ、いいや」で済ますことなく、どうしたら煩わしさから解放されるか?それを考えることが重要であり、まさしくそれこそが改善なのではないだろうか。は出図から学んだとこ、その重要性に気付かされた事を列挙したが今後、この出図という仕事は社会潮流に逆らうことなくいずれは当社でも電子化させることとなろう。そうなった際にこの仕事を行う人が、出図からこれらを見出すことはないのではないかと考える人もいるかもしれないが、私はそうは思わない。なぜなら私は、本質はそこにはないと考えているからである。たとえ、どの業種であっても、主に新人に任されるような単純作業というものは必ず存在すると思う。されど、その仕事の中から何かを見出し、学び取ろうとするのか、それとも何も考えず、何も改善しようとせずルーチンをこなすのか―、この差は、最初こそほぼ変わらないものであるのかもしれないが、回数をこなすにつれきっとこの両者の差は大きくなっていくものであると私は確信する。

すなわち、私が出図から見出したものとは「昨日より今日、今日より明日」そんな心構えなのだ。

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