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企業内ディベートのすすめ

第3回産業論文コンクール 優良賞
(株)ヒガシモトキカイ 中村 朋広さん

1.はじめに
自己啓発の一環として、英語と日本語の両言語を使用するバイリンガルディベートを行っている。目的は二つある。一つ目は英語と日本語の運用能力の向上。二つ目はディベートの効用である論理的思考能力、問題解決能力、プレゼンテーション能力の向上である。ディベートと聞くと拒絶反応を起こす日本人は少なくない。古来より日本人は言挙げを嫌い、言葉や理論よりもその背後にある心を大切にしてきた。自己主張を嫌い和を尊重する精神は、日本人の強さの秘訣でもあった。そのような和の精神、価値観が乾いた論理で物事をとらえるディベートを受け入れない空気をつくり出してきた。しかしながら全て物事は相対的である。グローバル化が進み国家間の距離が近くなると、国際社会の場ではそのような日本人の価値観は受け入れられないのである。事実、国際社会の多くの場面で日本人のコミュニケーション能力の低さが露呈されているのは周知の通りである。私はディベートこそ自己責任の時代を生き抜く為に必要な知的武装であり、また企業にディベート及びディベート的思考を取り入れることは人材の育成、意思決定、そして交渉の場に於いて効果的であると考える。何故ならば、ディベート及びディベート的思考を取り入れることによって企業内での問題点、改善点を客観的に考察し、複眼的な思考で諸問題に対応することができる場が出来上がるし、いわゆる交渉力も身に付くからである。
本稿では日本を支えるモノづくりの発展の為、また産業の活性化の為に、ディベート及びディベート的な思考法を用いた人材育成、意思決定、交渉を紹介し、企業内でのディベートの実践、ディベート的思考法の導入を強く主張する。

2.ディベートとディベート的思考
ディベートを簡単に説明すると、一つの論題をめぐって相反する意見を持った人々が、肯定側と否定側に分かれて意見を交わす知的ゲームである。肯定側、否定側ともお互いに立場を譲らず平行線をたどるので、審判をするジャッジが必要になる。肯定側、否定側ともに立論をつくって論陣を張り、各チームに同じだけの持ち時間が与えられゲームが開始する。これがディベートの簡単な流れである。最後にジャッジが審判をし、肯定側、否定側のどちらがより説得力があったかで勝敗が分かれる。
このディベートの効用は多くにあるが、ここでは先に述べた論理的思考能力、問題解決能力、プレゼンテーション能力について言及する。論理的思考能力とは物事を筋道を立てて論理的に、客観的に考える能力のことである。それは英語のWhyとBecauseの関係によく似ている。ディベートでは一つの主張をした時に、その主張の立証責任が必要になるのである。大量の情報の中から必要なデータを取り出し、そのデータに基づいて論理的に立証する。このような訓練を繰り返すうちに、自然と頭の中で論理的な思考能力が構築されていくのである。問題解決能力とは例えば企業の経営レベル、現場レベルで起こった問題に対して、ディベート的思考法を活用して分析し解決の糸口を模索することである。ある問題に対して客観的に分析し、複眼的な思考を用いてその問題を見ることによって争点を明らかにし、その問題の直接の原因を見つけ出すのである。プレゼンテーション能力とは文字通り発表能力である。会議の場、交渉の場での発表の時にディベート的思考を用いることによって、発表の内容を効果的に相手に伝えることが出来る。それではディベート的思考とは何か?難破寸前の十人乗りのボートがある。救命艇はあるが七人しか乗れない。従って三人には死んでもらおうという論理的な思考である。残酷な決断であろうか?十人が全滅するのではなく、七人が助かるのであるからむしろ人道的である、という理屈である。
空気で動かされるウェットな日本の風土の中で、ディベートのようなドライな論理は新鮮に感じる。そしてビジネスの世界でもはっきりと自己主張が出来る人間、複眼思考が出来る人間を欲してのではないかと私は感じるのである。

3.人材育成とディベート
企業内でディベートをしてディベート的思考法を理解することは効果的な人材育成につながると考える。論題は何でもいい。企業内で起こっている問題点、または改善点をディベートすることによって、先に述べたような効用が身に付くだけではなく、社員一人一人の意見を聞くことにより、その中から一定の価値を見出すことができる。なぜ相手の意見から価値を見出すのか?物事に信念は一つではないからである。企業内でディベートをして、自分とは違った信念を持っている人の意見から価値を見出し、問題解決の糸口を模索していくことは、人材の育成に有効なだけではなく、社内の風通しのよい人間関係をも作り出していくと考える。

4.意思決定とディベート
私が行っているバイリンガルディベート、関西サッカーディベート協会の会長であり、国際ディベート学会会長の松本道弘は、著書『ガツンと言えるディベート術』の中で「ビジネスのあらゆる局面で、ディベートやディベート的思考法を取り入れることは、企業活性化にとって有効な手段である。」と述べている。各企業のマネジメントレベルを経営レベル、管理レベル、研究開発や生産・販売といった現場レベルの三段階に分け、この三つのレベルでディベートを活用するのである。経営レベルであれば意思決定をする懸案が多くある。短期的、長期的な生産・販売計画から研究・開発の計画、人事まで立案が必要な課題が多くにある。ここでディベートを活用するのである。経営者側が論題を決めて、社員にディベートをさせる。ディベートを進めていく中でメリット、デメリットが表面に出てくる。したがって事前に懸案のリスクを認識することができるし、情報を共有することにより具体的な議論が可能になる。管理レベルでは経営者側が立案した短期的、長期的な生産・販売計画を現場で効果的に推し進めるのが管理職の役割である。この管理レベルでもディベートを活用することは効果的である。普段抱えている問題点をディベートすることによって、管理体制の強化にもつながる。現場レベルでディベートすることも有効である。モノづくりの現場であれば「ここはこうした方がいい」「あそこはこうすべきだ」といった改善点についてディベートをすれば、より斬新で、独創的なアイデアが出てくる可能性がある。

5.交渉とディベート
ディベートの効用は交渉の場において絶大的な威力を発揮すると考える。交渉を論理的にまとめ、客観的なデータで裏づけをすることによって、話がシンプルにまとまり伝わり易くなる。また一貫した哲学のある交渉の内容は相手の質問に対して的確な答えを導き出し、それは相手にとっては安心感となるのである。

6.終わりに
これまでディベートの効用ばかりを述べてきたが、企業での諸問題に対してディベートすること、またディベート的思考法を用いて考察することは直接的な問題の解決には結びつかない。さらに日本の精神文化にはディベートが根付かないという声もある。しかしながら、発想を柔軟にし、複眼的な思考で問題の核心に迫っていくディベートのアプローチは産業の活性化の一助となると私は信じている。

(引用文献)
『ガツンと言えるディベート術』松本道弘、KAWADE夢新書、1999.
(参考文献)
『やさしいディベート入門』松本道弘、中経出版、1990.

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