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仕事のやりがい

第9回産業論文コンクール 努力賞
(株)中部トータルサービス 丸本仁美さん

仕事のやりがい

  私にとって「仕事」とは何だろう。思い返せば7年前。大学を卒業したら働くものなのだと当然のように思っていた。だから、何の疑問もなく、皆と同じように就職活動をし、内定をもらい社会人となった。学生時代にはアルバイトをしていたので、働くということは安易なものではないと分かっていた。しかし、アルバイトと正社員とではこれほどまで違うものだということを社会人になって痛感した。一番大きく違うと感じたのは、責任の重さだった。課せられた仕事に責任をもつ、このことがいかに大変なことなのか、社会人になって初めて知った。

 初めは毎日が新しいことばかりで、自分の仕事を覚えることで精一杯になり、周りを見る余裕は全くなかった。仕事の流れというものを考えることなく、とにかく目の前のことを一つ一つ覚えていった。半年ほどするとだんだんと慣れていき、覚えていったそれぞれの点が徐々に線でつながり、仕事全体の流れが少しずつ理解できるようになった。そうすると、次は「本当にこのやり方でいいのか?」という疑問がわいてきた。前任者からは「このやり方が一番だとは思わずに、自分なりのやり方に変えてもいいから」と言われていたが、やっとその意味がわかるようになった。

そして、日常業務を見直すことにした。普段あたり前のようにやっていた作業を改めて見直すと、効率が悪かったり、他のやり方の方が相手にとって良かったりと、いろいろな改善点が挙げられた。一つ一つ改善していこうと決め、自分一人で解決できることは真っ先に改善した。多方面に関わることは、それぞれに提案し、了承を得てから改善していった。そうすると、仕事の効率があがるだけでなく、各方面から「今までよりやりやすくなった」と感謝されるようになった。一石二鳥と言えよう。もちろん、改善をしていく中で、行き詰まったり、うまく前に進まなかったり、ということもあったが、視野を広げて考えると、問題を解決することができた。このように、業務改善というのはただ単に作業を簡単にするというだけでなく、他部門とのコミュニケーションや問題解決能力の習得につながることを実感した。また、周りから感謝されることで仕事への情熱も向上した。

  私は仕事をする上で心がけている3つのことがある。それは、「他の人の役に立つ」「目標を達成する」「成果を認めてもらう」である。

 1.他の人の役に立つ

 事務職を担う上で、私が目指すところは「縁の下の力持ち」だ。営業が仕事をしやすいようにするのが事務職の仕事であると考えているからだ。与えられた仕事をこなすのは当たり前のことで、それにプラスアルファ何かできることがないか、念頭に置いて業務に取り組んでいる。特に頼まれことをしたときは、できる限りNOとは言わないこと、プラスアルファをして返すことを心掛けている。私がこれを心掛ける理由は、それによって営業が気持ちよく仕事ができ、なおかつ効率が良くなれば、営業のモチベーションが上がると考えるからだ。そうなると良い循環が生まれ、お互いに気持ち良く仕事ができるのではないだろうか。人の役に立つために努力することで、うまく業務が回るのであれば、その努力を惜しむ理由などない。

 2.目標を達成する

 事務職の中で目標を掲げることは難しいかもしれない。ノルマがあるわけでもなく、営業活動をするわけでもない。だが、目標は数字だけではない。先程述べた業務改善も立派な目標であろう。私は業務改善を通して目標を立て、達成すればまた次の目標を立てるようにしている。それが自分のモチベーションにもなり、目標を達成するために努力をすることで成長にもつながる。

 3.成果を認めてもらう

 事務職の成果は目標と同様、数字では表れないことが多い。しかし、数字以外でも自分の成果が認められていると実感できるときがある。例えば、上司に褒められたり、表彰を受けたり、責任のある仕事を任されたり、などだ。言葉で伝えられるのが一番分かりやすいが、「責任のある仕事を任される」のように、目に見えないことでもその奥を探っていけば、認められていることを実感できるときがある。もちろん、どのように捉えるかは人それぞれで異なるが、捉え方次第で変わるのであれば、自分のモチベーションが上がるように捉える方が良い。

  仕事に対する姿勢を正すことで、心構えは大きく変わるものである。

 「仕事のやりがい」というのは人によって様々なものであるというのが多数派の意見だと思う。上述した仕事に対する私の姿勢は、私自身が「仕事へのやりがい」を探求するために心掛けていることである。現在の社会がより高度化されればされるほど、物の見方や考え方が多様になり、「仕事へのやりがい」は不透明になっていくと思われがちである。

 本当にそうなのだろうか?「仕事のやりがい」って多様化しているのだろうか?

 複雑な社会を生きている私たちだからこそ、もっとシンプルにこのことを考えなければならないと思う。

 責任のある仕事をすれば、やりがいを感じるのだろうか?

 そうではないはずである。そのようなことはだれもが知っている。

 では、「仕事のやりがい」の核(コア)とは何なのだろうか?

 「・・・」

 閉口してしまう。だから、どのような場面で、やりがいを感じたのかを振り返ってみる。

 仕事がうまくいった時、褒められた時、目標を達成できた時、人の役にたったと感じた時などがそうである。そのことは上述したとおりである。

 そのことの根底にあるものは何だろう。

 確かに、人に認められた時はうれしいものだ。モチベーションも上がる。そのことは疑いのない事実だ。自分の存在価値をそこに見い出すことができるからだ。ただ、それは自分のことだけを考えている。認めてくれた人はどのような気持ちなのだろう。仕事がうまくいった時に仲間はどんな気持ちなのだろう。

 そう考えた時に閃いた。

  「ありがとう」

  それが、核(コア)となって、「仕事のやりがい」がつながっている。私は、「仕事のやりがい」は、多くの「ありがとう」を集めることができた人間が感じるご褒美であると信じている。社会には多くの仕事があり価値観が多様化しているのも事実である。仕事の内容に尊卑などない。多くの人から「ありがとう」をもらう仕事もあれば、小数の人から深い「ありがとう」をもらう仕事もある。その「ありがとう」はすべて同じである。

 本田宗一郎や松下幸之助などの偉大な経営者は、自身の名誉や金銭欲で仕事をしていたはずがない。多くの人の役に立つ車を作りたい、電器製品を通じて人の幸せに貢献したいという考えが根底にあり、そして、多くの「ありがとう」を集めながら仕事をしていたからこそ、偉大な人物として語りつがれるようなったのであろう。彼らが、仕事に誇りをもち、やりがいを感じていたことは疑う余地はない。

 逆に、自分のことのみを考え、仕事に取り組んでいる人がやりがいを感じないのは当然のことだと思う。社会的地位や経済的な報酬を求めることが悪いわけではない。人の欲は、人間の活力の源でもある。しかし、仕事に対してやりがいをもつ人ともてない人では決定的な差がある。社会的な地位や給料ではない。「ありがとう」の気持ちをもつのは周りの人で、周囲への思いやりややさしさが「ありがとう」を集めることができるからである。ツイッターなどの書込みでも、仕事に対する不満をよく見かける。悲しい気持ちになるのは私だけではないはずである。

 だからこそ、そういう人に伝えたい。「『ありがとう』を集めませんか?」と。

 心掛けひとつで人生は変わるものだ。

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